ぐうたらOL日記

ぐうたらなOLが綴るぐうたらな日記です。

私の平成記録

今週のお題「平成を振り返る」で書いてみたいと思います。

(ダラダラ書いたので長くなってます)

 

私は平成元年に生まれ、赤ちゃん〜アラサーまでを過ごしてきました。

 

赤ちゃん〜幼稚園

赤ちゃんのころの記憶はほとんどありません。

一番古いのはおそらく3歳くらいかな。

ダンボールの中に入るのが楽しかったとか、ヤクルトが好きだったとか、幼稚園は楽しかったとか、そんな曖昧だけど「好き」だとか「楽しい」という記憶が多い。

 

小学校

私の地元はど田舎で、小学校はとても小さかった。同級生は私の他に男子が3人。

小さい学校なので、複式学級でした。1年生と2年生で1クラス、みたいな。

最初は男子に馴染めずちょっとからかわれたりして嫌だったけど、こんなんじゃやってられない!と思ってある時傘を持って男子に襲いかかったことがある。

なんだか、それを機に仲良くなって、おままごとをしたり、山を探検したりして遊んだなぁ。

自然がたくさんあって、せかせかせずにのんびりと過ごせて、先生たちも優しくて大好きだった。

体育がとても苦手だったけど、周りの子も先生もバカにしたり、強要したりしないから楽だった。

6年生になってからは、町のスポーツ少年団で卓球を始めた。楽そうだったから。

3人とは今は連絡が取れないけど、どこかで元気に幸せにしててくれることを祈ってるし、いつか4人で会いたい。

 

中学校

中学校は町の小学校4校から生徒が集まるので、4クラスあって、人の多さにびっくりした。

そして、私たち同級生は全員バラバラのクラスに。

最初は絶望して、中学校なんて通いたくないと思ったけれど、習い事で一緒だった友達が同じクラスで一安心。

でも、今まで男子3人と過ごしていた私は、女子特有のグループ制には馴染めず、どこのグループにも入らず好きな子と仲良くしてた。

あと本を読むのが好きだったので図書館にも通ったなぁ。

部活はもちろん卓球部。この頃には卓球は別に楽なスポーツではないと分かっていたけど、面白さにはまっていたんだったよなぁ。

部活のあとにはスポーツ少年団でも練習。

だんだんと実力をつけて大会で勝つようになった。

そしたら、コーチから声をかけてもらって、隣の市のとある高校の練習に混ぜてもらうことが増えた。

その高校は県大会上位で、インターハイに出るくらい強かったので、練習はもちろん厳しかったけど、先輩たちの優しさとか、卓球のさらなる面白みに触れてとても楽しかった。

ある時は、中国遠征にも連れて行ってもらった。

恋はしたり、されたりしたけど実らず。ちょっと切ないエピソードもできた。

 

高校

中学から練習でお世話になっていた高校に入った。

高校でも、もちろん卓球部。

勉強は大学に行ける程度にいい感じに手を抜いてやっておいた。

卓球のほうは、本当に楽しかった。

強い子たちと練習して、試合で確かめて、また練習。

どんどん上手くなっていくのが嬉しかった。

2年の後半には先輩たちが引退して、部長に指名された。

大好きな先輩からの指名だったので、お受けした。

勝ちたいというよりは、卓球が面白いからもっと上手くなって少しでも強い人と試合してみたいという考えだった私が部長で良かったのかな…とは思う。

結局、インターハイには行けなかったけど楽しい3年間だった。

進路のほうは、大学に行ってまで勉強したいことがその時はなかったし、早く自立しかったのもあって専門学校にした。

推薦もらえたので書類出しただけで合格。楽すぎた。

暇になったので、大学受験をする友達に勉強を教えたり、たまに部活に行ったり、教習所に通ったりしてた。

 

専門学校

あまり人数の多くない学校だったので、2クラス。

すぐに仲良くなった子が3人いて、この3人とは今でも旅行に行ったりしている。

2年間の学校だっけれど、2年の夏休み中に内定もらって、秋からはその会社でバイトしながら研修してたので、2学期はほとんど登校してない。

登校してた頃は、放課後に友達と遊びに行ったり、一人暮らしの友達の家に泊まりに行ったりとたくさん遊んだ。

勉強のほうは、卒業後にきちんと就職したかったのでしっかり取り組んだ。

おかげで成績も良く、資格はたくさん取れて、就職もできた。

卒業式では総代をやって、優秀生徒的な表彰もされて嬉しかった。

 

東北での社会人生活

大企業の子会社に入社した。

山形勤務になって一人暮らしをして、仕事ではお客さんを回ることが多く、毎日自分の車を運転しては県内を飛び回った。

仕事は難しいことも多くて、勉強が大変だったけれど、先輩が優しくて色々フォローしてくれてなんとかやってた。

山形のお客さんたちはみんな温かくて、仕事をしていて癒されることも多かった。

仙台でも少し仕事をしたけど、新人研修担当とか同期のやらかしの後始末とかであまり楽しくはなかった。

はじめての一人暮らしは快適で、ネットにはまったり、ウクレレを始めたり、彼氏ができて遠距離恋愛したりと色々あった。

ウクレレは一応、今でも続けている趣味になった。

 

上京

24歳の1月に上京した。

その時にお付き合いしていた人と同棲するために、東北での仕事を辞めて引っ越した。

東京には、東北にはないような面白い会社、仕事があるんだろうなと前から思っていて興味があったので、打診されて即決した。

期待通り、面白そうなベンチャー企業を見つけて入社し、3年ちょっと在籍した。

それまでの経験とは全く違う仕事をして、なんとIPOの経験もできた。

若くて仕事のできる人たちとの毎日はハードだったけれど、今の私を作ったと思う。

プライベートの方では彼氏が変わったり、その関係で引っ越したりしてこっちにきてから住んだ家は7つ。

都心から郊外まで楽しんだ感がある。

もちろん都内や近郊の観光的なこともしたし、地方への旅行も増えた。

仕事で色々あったり、大震災が起きたり、大失恋をしたりで泣くことも多々あったけれど、おおむね満足。

 

最近

もうすぐ30歳。

今の彼氏とは結婚の約束をしていて、一緒に暮らしてる。

この夏?秋?くらいには結婚する予定。

仕事のほうも頑張ってる。ハードだけれど面白い。

結婚しても仕事は辞めない。

子供は正直そんなに欲しくないかな。

理由は不安が多くて作る気になれなさそうだということ。

子育てにかかる費用とか仕事や自分のこととのバランスなんかが主な不安。

今の主な趣味はウクレレと麻雀、昼寝かな。

これからやりたいこととしては、猫を飼いたい。好きだから。

あと、どこか地方に移住したい。

最近は沖縄がアツイ。

 

 

だいぶざっくりまとめたけど、結構長くなってしまった。

まぁ、平成全部だもんね。

平成は全体的には幸せだったと思う。よかった。

 

次の元号は令和。涼やかな響きで良い。

元号発表の瞬間は総理官邸のインスタライブで見た。

令和天皇の即位は5月1日。

その日は徹マンなので日中は寝てようと思ったけど、せっかくだからテレビの中継でも見ながら家事をしようかな。

令和も幸せに暮らしていこうと思います。

 

それにしても10連休、なにしようかな…